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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)676号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、被告が本件事故発生当時大阪市西成区梅南通三丁目一二番地において本件犬(雄で、八才の秋田犬「王将」)を飼育占有していたことは当事者間に争いがない。そして、証人奥田淑子、同松本ヤスエ(一、二回)、同梶谷静子および同酒井仁一の各証言、弁論の全趣旨を総合すると、家具の製造販売業を営む訴外株式会社梶谷木工所は右場所に家具販売の店舗をかまえていたところ、被告は、右訴外会社の代表取締役であるため、右店舗に接続した奥に居住して、そこで本件犬を飼育していたこと、本件事故当時における、右店舗や被告の住居部分の構造、被告が本件犬を飼育していた場所およびその繋留の状態は抗弁(一)記載のとおりであつたこと、昭和四四年一二月二日午後一時頃原告(昭和四一年一〇月一一日生の女の子)の母高藤年子は、原告と乳母車に乗せた幼児(年令一才三ケ月)を同伴して家具を買うため、初めて、右店舗にやつて来て、右幼児を右車に乗せたまゝ右店舗の入口附近(別図(一)のC附近)に放置して、原告を連れて店内に入つたこと、その際右店舗の別図(一)の事務室に右訴外会社の店員の訴外奥田淑子および松本ヤスエがいたが右奥田が右母の応待に出て別図(一)のPの所でタンス等を見せていたこと、ところがそれより以前に、原告は右母から離れて一人で店内を奥の方へ入つて行つたので、これに気附いた右店員の松本が、原告に商品に傷を付けられたり、怪我でもされたら困ると思つて、右事務室から出て、原告を別図(一)の水槽の前のKの所へ連れて行つてそこで熱帯魚の数をかぞえてやつて気嫌をとり、本件犬は体が大きいので原告がこれを見て驚くのを心配して、ワンワン(本件犬)がいるから奥へ行つてはいけない旨注意を与えたこと、その際、本件犬のいる別図(一)の台所とその西側の店の部分との間にある戸は開いたままであつたが、原告のいた所からは本件犬はみえなかつたこと、原告は立つたり坐つたりして落ち付かず、右松本は、その横に立つていたが、その時表の方で子供の泣き声がするのを聞いたこと、そこで、右松本が一、二歩動いて外を見たところ、原告の母が放置していた幼児が乳母車から、片足を出して落ちかかつていたので、右松本は、原告に対しここにいるよう云い聞かせ、その際あわてていたため、本件犬がいる台所の戸を閉めることに考えおよばず、急遽西側の通路を通つて表に走り出て、右幼児を抱き上げたこと、その間原告の母は原告の方を注意せず、右幼児の状態にも気附かず、前記場所附近で家具の物色を続けていたこと、ところが、その時店の奥で本件犬の一声ワンと吠える声がし、原告の泣声はなかつたが、奥に原告がいることを知つていた右奥田が原告のことを心配してただちに店の奥へ走つて行つたところ、本件犬は、台所の所から店の方に向いて顔だけ出していたが、唸りも吠えもしておらず、興奮していなかつたこと、しかし、原告は、別図(一)、(二)のX点の所で本件犬の方に後ろを向けて台所の戸に平行にうつ伏せに倒れて泣いていたこと、その際の原告と本件犬との位置は五〇センチメートルから一メートル弱位の距離であつたこと、そこで右奥田が原告をおこしたところ、原告は頭部から出血していたので、即刻原告を抱いて訴外酒井診療所に運び入れたこと、その際原告は前頭部に二つの傷と左手掌部に一つの傷を受けていたこと、原告が倒れていた所は、下は土間で、右X点附近に原告の飛び散つてこすれたような血が附着していたこと、その周囲には下駄箱、淵取りのある角になつたピータイルを張つた商品を置く台などがあつたこと、本件犬の体駆は大人が四つばいになつたくらいの大型であつて、その繋留していた綱は繋留されたまま本件犬が台所の所からその西側の店の所の右X点附近まで出て来れるくらいの長さはあつたこと、本件店へ買物のため訪れる客が入つてくる所は、別図(二)の水槽と商品間の六二と記載したところまでであつて、それより奥には商品の陳列がないため入らず、またこれまで客に連れて来られた子供が右奥へ入つて来たこともなかつたこと、本件犬は、年令は老年である上におとなしい性質でこれまで昼間店の方へ出て行つたり、店へ来た客に吠えつくことはなかつたこと、しかし、原告は、当時右松本や奥田に対し、本件犬の管理をも依頼しておつて、本件犬を見て他人が驚愕するかもしれないことを憂慮して、台所と店との間の戸は閉めるよう注意していたことが認められ、右認定に反する、原告の母高藤年子尋問の結果(一、二回、前記第一において認定のとおり右高藤年子は原告の親権者ではないから、法定代理人尋問手続で同人を尋問したことは違法であつて、証人として尋問すべきであるが、この違法は被告の責問権の放棄によつて治癒せられ、右尋問の結果を証人の証言に転換して証拠とすることができるものと解するを相当とする。以下同人尋問の結果を掲記する場合は同じ)により真正に成立したものと認められる甲第五号証(右高藤年子作成の本件事故現場図)は、証人奥田淑子の証言によると現場の状況と相違していることが認められるから措信できず、また、右認定に反する右高藤年子尋問の結果(一、二回)は前掲証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二、ところで、原告は、右同日、原告は本件犬に襲われたため前額部咬傷(または割創)、左手掌咬傷(または裂創)の傷害を受けた旨主張するので、さらに検討する。本件事故直後観察したところによると、原告は前額部に二つと左手掌部に一つの傷を受けていたことは前記認定のとおりであるところ、証人酒井仁一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証(訴外酒井診療所の診断書)には原告の右傷は咬傷である旨の記載があり、また、原告の母高藤年子(一回)は、同人が原告に本件事故当時のことを問いただすと、原告は本件犬がわつと来た旨答えたので、本件犬がその爪で右傷を負わせたものである旨供述し、さらに、証人高藤健一(同人は前記第一において認定のとおり原告の親権者であるから同人を証人として尋問したのは違法であるが、この違法は被告の責問権の放棄によつて治癒せられ、右証言を法定代理人尋問の結果に転換として証拠とすることができるものと解するを相当とする。以下同人の証言を掲記する場合は同じ)は原告の父の高藤健一が原告に右同様のことを質問したところ、原告は、当初は、本件犬がわんと吠えて前足を上げて飛びついたゼスチヤーをし、その後現在においては、本件犬が原告を咬んだと答え、なお原告の手の傷は犬の爪でかいたようになつていた旨供述している。しかし、証人奥田淑子同梶谷静子および同酒井仁一の各証言によると、右奥田や梶谷は、原告が右傷を受けた現場を目撃していなかつたが、原告が倒れていた状況は前記一に認定のとおりであつたため、本件犬が原告を咬んだものと早合点として、訴外酒井診療所の医師酒井仁一に対し右のとおり申告したこと、そこで、右酒井は、右申告に対し原告の傷の特徴から推測して多大の疑問を持ちながら、右申告どおり診断書(甲第一号証)を作成したこと、その後原告の右傷の治療にあたつた白壁整形外科でも原告の傷(殊に前額部)は犬の咬傷にしてはきれいすぎる旨発言して右申告について疑問を呈していたこと、原告は、被告の妻静子の本件事故当時の状況に関する質問に対しては、原告の右傷は本件犬に咬まれたものでなく転倒してできたものである旨答えていることが認められ、さらに、右高藤年子らの右各供述部分は本件事故現場を目撃していない者の単なる推測にすぎないこと、本件犬がもし原告を咬んだり、ひつかいたりしたものであるならば、その直後に興奮しているはずであると考えられるのに、前記のとおりこの事実は認められないこと、その他、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二、証人酒井仁一のその他の証言部分などを考え合すと、甲第一号証の右記載部分および右高藤年子らの右各供述部分はにわかに措置できず(なお、仮に右高藤年子ら供述のとおり原告がその父母の質問に対し右のとおり答えたことが認定できるとしても、原告のような低年令(本件事故当事三才一ケ月)の子供は、質問者の誘導や暗示にたやすくかかることは経験則上明らかであるから、右の場合果して原告が記憶していたところをそのまま答えたのが疑問であるので、この場合、原告の右回答を証拠として採用するわけにはいかない。他に本件犬が直接その歯、牙、爪、その他をもつて、原告を咬んだりひつかいたりして原告に対し右傷を負わせたことを認めるに足る証拠はない。しかしながら、右乙第四号証の一、二、証人酒井仁一の証言によると、原告の右傷は、犬の咬傷、またはその牙もしくは爪によるひつかき傷としての特徴を有しておらず、右傷のうち、前額部の傷は外形上は鋭利な物でずばつときれいに切られたようになつておつて、その傷口や内部は汚物もなく清潔で、内部には組織の断層があり、このような傷の発生原因としては鏡のような平面の物に頭を強くあてた場合が考えられること、原告の手傷は、塵芥が付着して、転倒してできる傷の特徴を有していたことが認められ、この事実と前記一に認定の本件事故発生前後の諸般の状況を総合して考察すると、原告は、本件店の前記水槽の前で店員の松本ヤスエから前記のとおり本件犬がいるから店の奥へ行かず、その場にとどまるよう注意を受けたにもかかわらず、右松本が表の子供の方へ行つた隙に、好奇心にかられて、別図(二)記載の……のようにX点附近まで入つて行つたところ、台所と店との間の戸が開いていたため、本件犬の巨体を見また本件犬が原告に気附いて吠えたので、これらにより驚愕して、その場からもとの所へ急遽逃げようとして、その附近にあつた何かの物に頭部を強打させて、その場に転倒し、右強打によつて前記前額部の傷を、右転倒によつて前記左手掌部の傷をそれぞれ受けたものであると推認するを相当とする。ところで、前記一に認定の事実によると、原告は本件事故当時わずか年令三才一月の幼児であり、本件事故現場の状況は前記一に認定のとおりであるから、この場合、本件のように、本件事故現場において、右幼児が、初めて単独で巨大な本件犬に出くわし、これに吠えられた場合は、驚愕の末逃げようとして右のような惨事にいたることは通常起りうる事柄であるから、本件犬の右状態や行動と原告の本件負傷との間に相当因果関係があり、したがつて、原告は本件犬により右傷害を受けたものといわなければならない。

三、そこで、被告の抗弁(一)ないし(三)について検討する。

(一) まず、被告は、被告が本件犬の保管占有について相当の注意を払つていたので、原告に対しその損害を賠償する義務はない旨抗争するので、考えてみると、被告が本件犬を飼育管理していた実状や本件事故発生当時の状況は前記一に認定のとおりである。しかし、右事実によると、被告は店員松本ヤスエらをその履行補助者に使用して本件犬を占有飼育していたものであるところ、右松本(ひいては被告)は、原告の年令や当時その行動に落ちつきがなかつたことからして、原告が松本から前記注意をされたにもかかわらず、好奇心にかられて店の奥に入り、本件犬のために本件惨事に至るであろうことは当然予見できたところである(それだからこそ右松本は本件犬がいることを気づかつて原告に右注意を与えたとも云える)から、この場合、右松本(ひいては被告)としては、本件犬のいる台所と店との間の戸を閉めるか、または、原告から目を離さず、その監視を続ける(そのためには、原告の側にいるか、または、表の幼児の方へ行く際、原告の母に原告を監視するよう忠告すること)べき注意義務があつたというべきであるのに、右松本(ひいては被告)はこれを怠り、その結果本件事故が発生したものであるので、被告が本件犬を相当の注意をもつて保管占有していたとは云えず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。そうすると、被告の右抗弁は採用できず、被告は原告に対し原告が本件事故によつてこうむつた損害を賠償する義務があるといわなければならない。

(二) 次に、被告は、過失相殺を主張するので、さらに考えてみるに、本件事故発生当時の状況は前記一、二に認定のとおりであるところ、右事実によると、本件の場合においては原告の母が原告やもう一人の幼児の監護をすべきであるのにこれを怠つていたため、本件事故が発生したものであるから、原告の側にも重大な過失があつたことが認められる。しかして、前記認定のとおり、被告にも前記認定の注意義務の懈怠があり、被告の履行補助者の店員松本ヤスエは顧客である原告の母に心おきなく商品を物色してもらうためにも原告の監視に意を注いでいたと推測できること、しかし、原告の前記負傷は本件犬が咬んだり、ひつかいたりしてできたものでなく、その上、右松本は、原告に対し店の奥の方へ入らないよう注意を与えており(原告は低年令とは云え、右注意事項が理解できない年頃ではない)、突如表の幼児を助けることに気を奪われて冷静な行動がとりがたかつたこと、その他前記一、二に認定の本件事故当時の諸般の事情を考え合すと、原告の過失と被告のそれとの割合は二対一であると認定するを相当とし、したがつて、被告は、原告に対し、原告が本件事故によつてこうむつた損害のうちその三分の一に相当するものを賠償する義務があるといわなければならない。

(山崎末記)

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